小さな問題をなめてはいけない

いまだに続いているのだろうか、小学校の不思議。先生は気軽に言うけれど、子どもにとっては悩みまくる問題のあれこれ。
例えば『運動会の日はランドセルでもいいし、手さげでもいいよ』ってやつ。いや、わかる、はいはい。どっちでもいいんですよね。今となってはどっちでもいい。でも、子どもにとって重要な問題。あした学校で私だけがランドセルだったらどうしよう。これ、重大事件ですよ。またある時は『晴れたら遠足、雨だったら授業』っていわれて小雨の日の時。ランドセルもリュックも両方なの?でも、両方持っていったらみっともないじゃない!そう、小学生には悩みは尽きないもんです。

私、自意識過剰な子ども時代を過ごしてきたので、こういう小さな問題に心を痛めて生きてきました。私の母(現在70代)が、まあテキトーな人だったので本当につらい子ども時代を送ってきたのです。後に文句を言っても、「子どものくせに気にすることないよ」などと人権無視の発言もしばしばでした。昔の子育てってどこのウチもこんなもんだったのかなぁ。でも、人前で恥ずかしい思いをしたことって、今でも鮮明に思い出してしまう。そして恨み続ける私。うーらーめーしーやー。

だから私は心に決めていたのです。子どもの言うことを絶対に馬鹿にしたり、軽く受け流したりする大人にはなるまい、と。ささいな事でも、子どもにとっては大変な事件であるのだから、きちんと考えてアドバイスしてあげなくちゃ。そんなことを自分自身が小学生の頃からずっと思い続けてきたのです。そう、私は子どもの心に寄り添える大人になるんだ、と。

そして月日は流れ、私も母親になりました。で、22歳の娘に言われる。「お母さんてさぁ、すごく悩みに答えるの、適当だったよね。結構困ったことや恥ずかしかったことがあったんだよね」と長女が言うと、19歳の次女も「そうそう。本当に恥ずかしかったよね」と。えーーーーーっ!衝撃的!嘘でしょ⁉︎このワタクシが、いったい何をしでかしたと言うの⁉︎

どうやら次女の夏休み。学校のプールに行くにあたって、先生は水着は家で着てきても着てこなくてもいい、と言ったらしい。そこで娘は悩んだ結果、「家で水着を着て行きたい」と言い出した。ところが、当時の私、このように答えたみたい。「この暑いのに水着なんか着て行ったら熱中症になるよ。水着なんか着ていく子なんて誰もいないよ」と断言した模様。次女、泣く泣く水着を着ずに行ったら、友達はみーーーんな着ていたとのこと。娘は着替えるのに手間取って、友達を待たせてしまったという。「お母さんはどう言うつもりだか知らないけど、決めつけるからさぁ、けっこう迷惑したよね」「本当だねえ。強めに言うから本当かな、って信じてたけど、意外と違ってたよね」「あははは」。マジか。他にも似たようなエピソードが、長女からも次女からも次から次へと出てきて驚きましたね。私、全然子どもの気持ちに寄り添える大人じゃなかった‼︎

そういえば、ハイコーキのCCOにタレントのヒロミさんが就任しましたね。CCOって聞き慣れないのでググってみると、『最高顧客責任者』とありました。それでもよくわからないので、さらにググってみると『顧客満足度に対して責任を負う役員』だそうです。要するにハイコーキの工具を使ってみたい、使い続けたいと思わせるためにどうしようか、って戦力を練る人かしら。だとしたら、ヒロミっていいじゃないの!なんだかワクワクしますよね。

ヒロミさんって、私が若い時には不良っぽいお笑い芸人でちょっと苦手だったけど、復活してからは不良っぽさが若々しさに見えて、とても素敵ですよね。DIYに対しても定評あるし。しかもヒロミさんの魅力って好奇心高めで、子どもみたいな雰囲気があるところ。きっとこの人だったら決めつけたり、押し付けたりせず、しなやかに対応してくれそう。いろんな人の意見も「へえ〜、なるほどね」と聞いてくれそうですし。そしてハイコーキの製品をさらにカッコ良くしてくれるんじゃないだろうか。期待大。

私もね、しなやかで柔軟な大人になりたかったな、と思います。そもそも、そんな器もなかったな、と今は理解してます。それに娘たちには「ガラじゃない」と言われました。そうか、自分に無いものを求めてしまったのか。ずっと思い続けてきたのに、なかなか人ってガラにもないことはできないものですね。でも、本当はひそかに決めてることがあるんです。これからの目標。これからは若い人の言うことをきちんと聞く中年になろう、ってこと。子ども時代の娘たちの言うことはきちんと聞けなかったので、今度は若者になった娘たちの言うことはきちんと尊重しようと決めてるんです。今度こそ頑張りたい。だってタレントのヒロミさんだって、若い時のイメージと今とでは全然違うもん。私だって立派な中年になることを目標にしてもいいかな、と思える今日この頃です。 

今どきの『家業』

友達の娘さんが『看護師さん』という進路に向かって頑張っているんです。今は男女共に看護師さんと呼ばれますね。正直、まだとっさには「看護師さん、ちょっとちょっと」とは呼びにくいけれど、この呼び方が定着するといいなあ。話を戻しますが、友人の高校3年生の娘さんが、看護の学校を目指し奮闘中。実は今まで看護の道に進むことはあまり考えていなかったらしく、学校でも語学方面の勉強をしていたらしい。ところが突然の進路変更!しかも理系へ。なかなか大変だと思うけれど、歯を食いしばって入学試験を突破してほしいです。

そうそう、こちらの娘さんのお父さんは消防士さんなんです。
わたし、恥ずかしながら消防士さんのお仕事ってあまり知らなかったんです。火事の時に火を消してくれる人たち、くらいの認識でした。ところがこちらの友人家族とお付き合いするようになり、「昨日、夫がこんな仕事でね」とサラッと話してくれることがびっくりするようなことばかり。個人情報だから多くは語らなかったけれど、危険なことは日常だったり、凄惨な現場に一番に駆けつけることなんて普通のことのようでした。いつもニコニコのんびりしているダンナ様だったから、全然気づかなかった。

消防士のお父さん、命の重みや『はかなさ』をたくさん感じてきたお仕事だと思う。目から入るひどい光景や、防ぐことのできない臭いに、心折れそうになることもたくさんあったのだろうと思います。それでも一生懸命、前を向いて働いているお父さんを見て、娘さんは『命の重さ』を感じることが多かったのではないかな。だからこそ命が大切だと感じられる看護師という職業に就こうと決めたことは、運命であり、必須だったと思う。

職業選択の自由。憲法22条の有名な条文の言葉ですね。昔、バイトの求人誌のCMで「職業選択の自由〜♪あはは〜ん♪」とポップに歌われていたのを覚えてる方もいるかな。自分たちには『選ぶ』という自由があるんだな、と漠然と感じたりもしたもんです。だけど、だけどね、本当に自由なんてあるのかな。日本国民として、もちろん権利もあるし、保障されてるのは間違いないんだけど、やっぱり育ってきた環境や、目で見たもの、感じてきたもので選べる職業って大きくなるにつれて狭まっていくものではないかな、と思うんですよ。

命に関わる仕事は、命を重いと感じる人を見てこなければ大切だとは感じにくい。古くさい言い回しですけど、命に関わる仕事はやっぱり『家業』なんじゃないかとおもいます。消防士のお父さんを見て感じて匂いをかいで、だからこそ見えてきた看護師という仕事への選択。「命を守る」という『家業』を継いでいく。

ハスクバーナのチェーンソー。木を切る時に使う道具です。あのオレンジ色がトレードマークですよね。消防士さんと同じオレンジ色だな、と思っていたら、理由が一緒。ハスクバーナは森林で木を切ってる職人さんが、猟師さんに間違って撃たれないよう、あの目立つオレンジ色なのだそうです。消防士さんも目立つようにあのオレンジ色だって聞いたことあります。そういえば、実際に消防士さんもチェーンソー使ってますよね。救助するのに倒れた木や建物の柱を切ったりしてるのを映像で見たこと、ありますよ!

『家業』として、命の重みを受け継いでいくような職業の選択。このような環境で育ってきた娘さんは、きっと立派な看護婦さんになると思います。何年もかけて積み上げてきた感覚というものは絶対にゆるがないし、何かに迷ったり、疲れたりしても「命は尊いものだ」というコアはブレていかないのかもしれないね。ここに知識と経験が積み重なっていったら安定感しかない。将来が楽しみです。まだまだ夢の途中で大変だろうけど、頑張ってほしいです。応援してます。フレーフレー!

私も50手前で身体の調子が悪くなってゆくお年頃。定期検診でポリープが見つかったりするのもあるあるになってきた。血液検査の数値にも一喜一憂したり。そう、病気になったときに信頼できる看護師さんがいたら心強いのよー。だからね、病気になったらよろしくね。あなたのような「命を尊い」という感覚が、体に染み付いてる看護師さんにそばにいて欲しい。でもね、看護師さんばかりに苦労を押し付けるつもりはありません。やっぱりできるだけ病気にならないように、運動して筋肉つけて、食事も気をつけて、健康に気を配って生活していきます。私にできる応援はこんなことしかないのでね。 

謝罪って、なんだろう

「心の底から詫びてください」。あの有名なドラマ『半沢直樹』の超有名なセリフ。あのドラマでスカッとした人もたくさんいたかもしれません。実際のところ自分に対して謝ってもらうことなんて、滅多にないわけで、ドラマだからこそ成立することがわかっているからエンタメとして楽しかったのかもしれませんね。

ここでふと思う。あのー、人から謝ってもらってスッキリしたことってありますか?そもそも謝ってもらうなんてシチュエーションがほぼほぼないのですが、たとえ謝ってもらえたとしても絶対に「よーし、やったあ」なんて思えないだろうな、と。しかも、謝って欲しいと思っている相手から、謝ってもらうことなんて絶対にない。かとおもうと、なんともない時に「ねえねえ、あの時はごめんね」なんて言われることもある。えっ、何かあったっけ?

謝る方、謝られる方、双方が同じテンションなんてことないですよね。催促されて心の底から詫びることなんてないし、心の底から許すこともない。お母さんが子どもに「ほら、ごめんなさいって言いなさい‼︎」とキリキリと怒ってて、子どもはブスッとしながら「はいはい、ごめんなさい」って言う。あれ、ですよ、あれ。しかも子どもが謝ってるのに「なに、その態度は⁉︎そんなのは謝ったうちに入りません‼︎」と、めちゃくちゃ理不尽。THE理不尽。じゃあ、どうすればいいのさ、という子どもたちの声が世界中から聞こえてくるよ〜。

若いときはとにかく謝ってもらいたがってた私。いや、若いときじゃない。ほんのちょっと前まで『謝ってもらいたガール』でした。わたし、夫と一緒に働いてます。夫はウエダキコーの社長であり私のオットさん。プライベートとお仕事を分けることも難しくて、夫婦であることの甘えもある。となると、やっぱり感情が隠せないし、むしろ感情を出してもいいとすら思ってしまう。お互いがお互いを思いやることができないばかりか、「何で私の気持ちがわからないのか」と怒りに変わる。でもずっと一緒にいなければならないので、怒りの表現方法がどーしようもないクズなものに。私たち夫婦が選んだ最悪の怒りの表現、それは『無視』です。一番陰険で、一番精神的にやられる『無視』。ほらほら、私は怒っているよ〜、気づけ〜、反省しろ〜、謝れ〜。と、心で叫びながら無視を続ける。

こんなの反省するわけないですよ。そもそも反省するも何も、何で相手が怒ってるのかわかんないんだもん。謝ったら負けちゃう感も出ちゃうし、もー、どこに向かっているのかさえもわからん。それでも「相手が折れるまで許さない」と強情な夫婦ですから。ははは。でもね、こんなことを40才過ぎても何度も繰り返していて、私、ふと思いました。「そもそも謝ってもらえたとて、スッキリするもんなんだろうか」と。いや、スッキリするわけない。「ごめんね、君の言う通りだよ。ボクは心の底から反省したよ」なんてセリフはファンタジーです。夢の世界です。ありえません。逆もです。「ごめんなさい、あなたの言う通りだったわ。私が浅はかでした」なんて絶対に言うわけありません。ドラマの台本みたい。

で、くだらないドラマはやめるべく、怒りの感情を無視で表現するのをやめませんか?疲れます。と夫に伝えると、夫も疲れていたのか「うん、やめる」と。そもそも夫の感情をコントロールするなんて無理だし、失礼ですよ。気づかって欲しいときはこちらが気づかわないとですよね。うん。それでも余裕がなくなって言い方がキツくなることばかりだけれど、余裕あるときは「ちょっとごめんね、お願いがあるのだけれど」などと優しく話すことが大切だよね。うー、できるかな。

職人さん必須の充電式マルチツール。1台で何でもこなすとっても便利な工具です。先端の替刃を交換するだけで、木材や金属を切ったり、はがしたり、磨いたりできるんです。この便利な工具、胸を張れるようなお仕事ぶりなのに、たたずまいが謙虚なんですよね。なんかちょっと下を向いて「すいません」って謝ってるみたいに見えるんです。マルチツールを使用するときは倒して使うので、気づかないかもしれませんが、立てておいてある姿は「すいません」にしか見えないんです。

謝って欲しいこともあるけれど、こちらが謝りたいこともたくさんあるじゃないですか。でも、そんなタイミングがなかったり、謝らせてもらえないこともありますよね。自分がすっきりしたいから謝りたいのに、そんな時期は訪れないことも謝るチャンスが与えられないことも。謝れないときは落ち込みますが、自分のやらかしてしまった罪を反省しろってことなんだろうと。うん、謝るって本当に難しいものだな、とマルチツールを見てしみじみ思う、今日この頃です。

YouTube先生に学ぶ

なんでわかるのか。私を監視してるのね。私の思考なんてダダ漏れなんでしょう、きっと。
最近、YouTubeで『お掃除レスキュー』みたいな動画がバンバン上がってくるのです。私にすっごいオススメしてくる〜!とくにお風呂掃除やシンク周りのお掃除動画。ふむふむ。これはYouTubeのアルゴリズムとの戦いですね。なんでバレたのかな、私がお掃除が苦手だって事を。

実は私、お掃除が苦手なんです。とはいえ、俗に言う『汚部屋』とか『ゴミ屋敷』とはまったく違います。毎日掃除はしてるんです。なんなら毎日掃除機をかけるし、毎日トイレ掃除もします。食器は常に片付けてるし、洗濯も大好き。だったら問題ないじゃん、って思うでしょ?でもなーんかきれいにならない。散らかってないのにサッパリしない。答えは簡単。磨く系の掃除が苦手なんですう。はい。磨く系の掃除が苦手な人のウチって、シンクがくすんでいたり、窓わくにほこりが溜まっていたり、洗濯機の縁が汚れていたり、空気清浄機のフィルターがきれいじゃなかったりする。今ひとつ清潔感のない空間になっちゃうんですよね。

こんなんじゃダメだな、って気持ちを見透かされたのか。だったらやってやろうじゃないの!YouTubeの私へのオススメ動画、見てやろうじゃないの!AIからのケンカを買ってやろうと思います。動画を再生しまくってみる。ふむふむ。みんなお家がぴかぴかだなあ。それだけで尊敬するし、やっぱり憧れちゃう。ピカピカのおうちをさらにピカピカにしている。ビフォーの段階ですでに私のウチよりきれいなんだけど。しかもけっこう男性の綺麗好きが多くて、ていねいに洗剤の使い方やら、掃除のやり方を教えてくれるんですよ。なるほどねえ、そうやって家を磨き上げるのか。

こうなると意気込みだけは一丁前な私、家の中の掃除道具をかき集めてみる。そうそう、私の偉いところはいきなり掃除道具を買い込んだりしないこと。ほら、買ったらやりとげた気分になっちゃうじゃないですか。それよりも十分な道具じゃなくても一歩でも前に進むことを大事にしてるんです。せっかちなんですよね、おそらく。仕入れた知識はすぐにでも試したくなる。で、家にある洗剤と雑巾で得た知識を試し始める私。ただし、YouTubeに出てる皆さんは、もうすでにおキレイな状態のおウチだったから弱めの洗剤で済んでるけど、こちとら何年も溜め込んだガンコ汚れですもの、洗剤は強めでいきます。マスクと手袋もしなくちゃ。あたふた。

1時間くらい格闘して、窓を一枚ピカピカにしてみた。わー、気持ちいい。窓から入ってくる空気も違ってきてる感じ。いや、実際に違うのかも。網戸の汚れも取れてスッキリ。達成感だけでなく、爽快感もあるではないか。そうなのよねえ、私ってモノを知らないだけなんですよねえ。無知なんですよ。知恵のある人間なら工夫をしてみるのでしょうけど、そんな能力もない。ただ、やり方がわかればやる気はあるし、わりとコツコツと頑張れる方だから、やり遂げられるんですよね。YouTubeって便利だわ。知識を与えて欲しい人はフル活用するべき。で、ピカピカにハマる。

今から年末の大掃除をスタートしました。え⁉︎早い⁇そんなことないんですよ。何年も溜め込んだ汚れは、なかなかのガンコ者。毎日毎日、少しづつやらなくちゃ終わらないし、一気にやったら疲れちゃう。日々の生活もあるし、掃除だけやってればいいわけではないのでね。しかも、一ヶ所ピカピカになると、ほかの場所もピカピカにしたくて、何かのついでに磨いたりしちゃう。ほほう、ピカピカ族は『ついで磨き』も上手いのね。

家の中がきれいになると、外壁とかも気になってくる。ピカピカ動画を見ると、ほほう、ピカピカ族にとって家庭用の高圧洗浄機って必須なんですね。みんな壁やら塀やらを高圧洗浄機を使ってキレイにしてる。ピカピカ掃除にはマストなんですね。へえー。しかし、電動工具屋の妻が高圧洗浄機を使わないなんて、本当にポンコツすぎる。でも、落ち込んでる暇はない。私も高圧洗浄機を買おう。で、当社の社長兼オットに相談してみる。「高圧洗浄機?何でもあるよ」と。そりゃそうだろう。ウチは電動工具屋さんなんだから。どれがいいのかアドバイスが欲しいのよ

家庭用ではケルヒャーが有名だけど、マキタやハイコーキもあるんですよ。マキタはいつものマキタ色。なんだかプロっぽい。ハイコーキは紺色でこれまたオシャレ。うーん、迷うなあ。うん、秋には高圧洗浄機を買って家をきれいにしようと思います。だって年末って寒いじゃないですか。絶対に水を撒くなんてことはしたくない。だから大そうじは秋がいいと思います。今年はピカピカのお家にして年を越すぞ!そして高圧洗浄機のレビューをこの『工具女子日記』のブログで絶対に紹介したいと思います。お楽しみに‼︎ 

夢の国コストコ

行ってまいりました。コストコ‼︎Costco‼︎
「えっ⁉︎今⁉︎」とか言わないで〜。そう、今さらですがコストコデビューしたんです。すでにずいぶん前から前橋にコストコってあったのです。もちろん知ってたし、周りに利用する人も多かった。でも、大量買いしてしまいそうで、あえて避けていた場所。

ところがこのコロナ禍で、ウエダキコーでインスタグラムやらブログを始めたことをきっかけに、私もYouTubeもよく見るようになりました。するとタレントさんや素人さんまでもが、楽しそうにコストコの商品紹介をしてる。見ているこちらも楽しい。ふむふむ。アメリカのものだけじゃなくて、いろんなもの売ってる〜。恥ずかしながら、大量のパンとプルコギを売っている倉庫だと思っておりました。違うんですね。

「そうだ、コストコ行こう」と決意。こうなっちゃうと行きたくてたまらない。でもでもでも〜、よくわかんないけど会員にならなきゃ、とか、今さらデビューするんだから失敗したくないとか、どうせならカッコよくスマートに買い物したいとか、思っちゃう。そこでまず、ググりまくって会員になる方法を勉強。ふむ。入り口にいる店員さんに話しかければ受付に連れて行ってくれる、と。へえ〜。なるほどね。

次に、買い物の内容を事前に調べることにする。でっかいカートを押しながら買い物するらしいのだけど、みんな人のカートの中身をチラ見するらしい。その時にカートの中身をカッコよくしたい。なんというか『おのぼりさん』的なカートの中身にしたくないんだよなあ。できればこなれた感じの中身にしたいじゃないですか。で、おしゃれタレントのYouTube『コストコ商品紹介』動画を見て勉強。ふむふむ。オーガニックのアボカドとかカートに入ってるとかっこいいなぁ。

で、コストコデビュー当日。22歳と19歳の娘を引き連れてコストコに行ってみました。わーいわーい。あ、そうそう、まずは会員にならなくちゃ、と思った瞬間に「初めての方ですか?」と入り口のスタッフさんに声かけられた。えー、なんでわかるの⁉︎初心者マークが見えるのか⁉︎とはいえ、声かけてくれたスタッフさんに連れられて無事に会員証を作ることができました。いざ、コストコの店内へ。おー、想像以上の迫力。

結論から言うと、YouTubeで勉強していった甲斐もあり、まあまあ充実したお買い物ができました。人気の激安ジップロックや調味料など購入。とはいえ、あまりのボリュームに興奮しちゃっていることは間違いなかったらしく、「そうだ!チーズフォンデュしようよ」って、突然言い出した娘の意見に乗っかってしまい、全くリサーチしていなかったでっかいチーズと大量のウインナーを購入してしまいました。ま、これくらいはいいよね。パンのいい匂いも根性でスルー。だって36個もロールパン食べられないよ。うん、頑張った。よく我慢した。自分で自分をほめようと思います。

コストコといえば高く積み上げられた商品が特徴。娘「どうやって上まで積むのかな」などと、かわいらしいことを言ってるねえ。わたくし、さすがに工具屋さんの妻ですもの、フォークリフトで積み上げることぐらいは知っていた。えへん。しばらくすると、スルスルとロープが出てきて、通路がふさがれてしまった。スタッフの方が「クルマが通りまーす」と声をかけてる。見ると、すんごいスピードでバックで走行しているフォークリフトが出現。手際良く上に積み上げられた商品を降ろしてる。あまりのカッコよさに見とれてしまいました。今日はトイレットペーパーがセールだったみたいで、大量のトイレットペーパーを常に山積みにしていました。コストコの本気を垣間見た瞬間。

ふと足元を見ると、小さな子どもたちも、口をポカンと開けてフォークリフトを見ていた。憧れるよね。かっこいいよね。あ、いけない!私、フォークリフトの講習を受けるべく、申し込もうと思っていたことを忘れてた。コロナで延期になったりして、ついつい先延ばしにしていたら、一年以上時間が過ぎていた。ああ、大人のワンダーランド、コストコで、現実に引き戻されたなあ。頑張ってフォークリフトの講習受けて免許もらわなくちゃ。そして一生懸命練習して、いつかはあのコストコのスタッフさんのようなフォークリフトさばきを身につけたい!そして子どもたちから羨望の眼差しで見られたい!夢が広がります。まあ、まずは講習を申し込むことから頑張りまーす。 

5月9日は工具記念日

この味がいいね」と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日。
この有名な短歌。40代以上の方ならご存知かしら。
当時280万部の大ベストセラーの短歌集、『サラダ記念日』を詠んだ歌人の俵万智さんが
とてもとても有名な賞を受賞したとか。おめでとうございます!

思い返せば『サラダ記念日』から短歌を身近に感じるようになったのかも。
ベストセラー当時、私はおそらく高校生くらいだったと思います。
正直な感想「なんだこれは?」でしたね。字余りだし、サラダ⁇
でもアラフィフの現在ならわかる。この歌に込めた想いをあれこれ想像すると面白い!

「この味がいいね」って言われたってことは、こりゃあ何回もサラダを作ってるんだな、と想像できる。しかもこれは新婚さんなのではないかな、と思うわけですよ。だって恋人同士なら、ハンバーグとかオムライスとか、ちょっと手が混んでいそうでメインのものに手をかけるじゃないですか。でも、サラダ。おそらくドレッシングを手作りしたのだろう。
などと、名探偵コナンばりに推測してみる。

そして「この味がいいね」と君が言うわけだから、今日のドレッシングはとっても美味しいよ、とサブメニューをほめてくれたわけ。あら、ドレッシングが手作りってことまで気がついてくれたのね、きゃあ嬉しい、と。嬉しすぎて記念日にしちゃおう。今日は7月6日なのね、はい「サラダ記念日」。ほら、他のおかずも美味しいよ〜、などと映像まで浮かんできそう。楽しそうですね。これは絶対新婚さんと確信。新婚さんじゃない私はドレッシングって買ってます。買うもんだと思ってます。

実は私の人生の歴史の中にも、短歌ブームがありました。
私の娘、長女の方が小学生くらいの頃かしら。10年前くらい。
こちらの娘、非常にのんびりしている。朝起きるのものんびり、
ご飯食べるのものんびり、お出かけ支度ものーんびり。
対して母親の私は超せっかち。せかせか、イライラ。
でも、せっかちお母さんに世間の風当たりは強かった。
『子どものペースに合わせてあげましょう』という、
天使のようなお母さんでないと、子どもがロクなもんにならないらしい。

それで思いついたのが『短歌』です。とにかく文句を短歌で表現する。
例えば「ノロすぎるビックリするほどノロすぎる 昨日はいったい何していたのか」と私が短歌を詠むと、娘が返歌をしてくる。「今やるぞやろうと思っている時に なんで毎日言っちゃうのかな」と。お互い上手すぎて笑える。

ネガティブになりがちな単語でも、短歌になるとなぜかクスッと笑える。
この三十一文字という心地のよいリズム。上手く伝わったときの達成感。
もちろんガミガミ怒ることの方が多かったとは思うけど、
言葉遊びをしている時は、少なくとも怒鳴ってないもんね。
しかも考えてる間に気持ちが落ち着いて、おだやかな人間になれる感じ。
それでは一首。
「ブログネタいつも子どもと夫婦ネタ 工具の話はどこへ行ったの?」
はい、すいません。それでも工具女子日記は続きますので、どうぞよろしくお願いします。

ピクトグラムに挑戦

コロナというものが蔓延してから、いろんなことがありすぎて、さまざまな感情や状況の中で行われたオリンピック。このことについては、立場や考えもあるでしょうから多くを語るつもりはありません。ただ、さらっと見ようとしていたオリンピックの開会式に釘付けになってしまったものがありました。


そう‼︎ピクトグラム‼︎
このアナログな演出で驚いてたら、ラケットを落とすという失敗が。その時、アナウンサーも「ああっ」って思わずさけんでた。ふと漂う緊張感。それでもテンポ良く進んでゆくパフォーマンス。それから先は「がんばれ‼︎」と、会場や視聴者が一体となって応援し、無事に終わった後の安堵感。感動と笑いをありがとう。オリンピック版の仮装大賞として、語り継がれる芸術だったと思います。

私たちってピクトグラムをいつも目にしてるんですよね。あるのが当たり前すぎて、意識したことってほとんどなかった気がします。知らない場所に行っても、トイレが探せないことなんてないもの。トイレを探している時ってたいてい急いでいる時なわけで、そんな時でも「この先にトイレがあるな」とすぐわかる。『非常口』のピクトグラムも有名すぎます。災害の多い日本。とりあえず非常口を確認します。そもそも形がカッコいいですよね。

オリンピック開会式。このピクトグラムのパフォーマンスのおかげで、ちょっと離れかけていた世界がグッと近づいた気がしました。言葉もいらないから通訳もいらなくて時間差もないし、理屈や説明もいらないから皆が同時に心地良い。やりにくい競技のピクトグラムもあっただろうに、全種目を表現する、という心意気にも感動。そうよね、選手にとっては大切な競技なんだもの。全てを平等に再現。そうそう、個人的にはソフトボールの金メダルが、とても嬉しかったです。

ウエダキコーは電動工具販売をしております。ハイコーキやマキタのカタログを見てみる。
おお〜、ピクトグラムだらけなんですね。まず、ハイコーキのカタログ。目次の部分にピクトグラムが使われてる。『締付け』のページにはインパクトドライバーが、『研削』のページにはディスクグラインダーが、ピクトグラムで描かれてる。これはわかりやすい。

カタログの中を開いてみる。こちらもピクトグラムだらけ。へえ〜。ハイコーキとマキタで違う仕様だから、それぞれのメーカーで独自に作ったピクトグラムかしら。マキタの『集じん機に接続できます』っていうマークなんて、とてもわかりやすくてカッコいい。今まで知らなかったです。勉強不足ですいません。これからはカタログが見やすくなって、お客さんへのおすすめがスムーズにできそうだわ。

言語も文化も違う人たちがひと目で何かがわかるピクトグラム。当社もインスタグラムで商品紹介とかしているし、使い方などもピクトグラムで表現できると面白いかも。電動工具はわかりにくいものもあるものね。こんな業種こそぴったりの表現方法かも‼︎これからはピクトグラムを使って、どんどん発信していきますからね。お楽しみに。

制限のある日々は成長のチャンス

コロナ禍。この言葉もうずっと使ってる。
コロナ◯◯。この◯◯に当てはまる言葉を入れて自身の生活の状況を話すってのにも慣れた。この時期に太れば『コロナ太り』だし、この時期に離婚すれば『コロナ離婚』ですよね。じゃあ、夫が突然料理を作るのは⁉︎『コロナ料理』⁉︎いや、絶対違う気がする。でも夫が料理を始めました。

お出かけ好きの夫。当社の社長兼私のオットです。なかなか思うようにお出かけができない。
もともとイライラするタイプでもないし、人にあたり散らす性格でもなく、ただじっと耐えていたのか。突然、『麻婆豆腐を作ってみたい』と言い出した。なぜ、麻婆豆腐なのか。なぜ麻婆ナスではダメなのか。突然お料理を始めました。冷やし中華ではなく麻婆豆腐始めました。

ここからが男子料理あるあるですが、調味料をそろえだす。一緒に買い物に行きました。夫は完璧な麻婆豆腐を作りたいらしく、高島屋のデパ地下で調味料を買いたいと言う。値段高そう。
トウバンジャン、トウチジャン、テンメンジャン。鷹の爪やら顆粒の中華だし。「ペーストのものなら家にあるよ」という私のアドバイスなんて聞こえないらしい。ごま油にもこだわる。それらを入れたカゴをレジに持って行くと…、五千円超えてんじゃん‼︎こりゃあ、高級中華料理だね。とほほ。

そこからは時間をかけて作ってくれました。でも、美味しんですよ。おいしかったんです。香りもいいし。娘も「おー、辛くておいし〜」とほめてた。そんなこんなで気をよくした夫。次はチャーハン、それから肉うどん、パスタなど、単品ものを気軽に作ってくれるようになりました。

そうなると台所主導権問題が勃発するんですよ。
我が家の問題は調味料を置く場所。私はコンロの周りに物があるのが嫌で、使い終わったら全部冷蔵庫にしまっていたんです。ところが夫は「すぐに手に取れないと不便」と言い出した。
私がほぼ毎食作るわけだし、私流に合わせてほしい。対するオットは気分転換のお料理にストレスを感じるのはイヤだ、と。しばらく私の方法に合わせてくれてたんですけど、なんだか楽しくなさそうなので、調味料の場所については、私が譲ることにしました。はれてコンロの周りに調味料が並ぶことに。
これに関しては、おしゃれな調味料ラックを買うことで決着。ちょっと値段が高かったのは夫にはナイショです。

調味料の場所を譲る。こんなのどうでもいい話なんですよ。もともとこだわりなんて1ミリもないし、私自身料理が大好きってわけでもない。だけど、同い年夫婦の私たち、お互いガンコになっちゃう。で、ついつい自分の考えを押し付けてしまいがち。どうでもいいこだわりとか言い出したら終わり。お互い後には引けなくなっちゃうんですね。うん。

夫が気軽にお料理してくれるのって嬉しいものですね。私は片付けは比較的好きな方ですが、
お料理始めた夫は後片付けの大変さもわかったらしく、自分で使ったお皿も洗ってくれるようになりました。朝起きて台所がきれいになってるって本当に嬉しい。1日の始まりがさわやかです。

料理を始めた夫、片付けまでするなんて偉い!対する私。調味料の場所を譲ったよ!
夫の成長に比べると、私のは成長か⁉︎ま、いいや。日常って大切だね、って再確認したし。どうでもいいこだわりなんかより、生活を楽しむことが大切。なんだかんだと偉そうに話してますが、実際、今の調味料の場所の方が使いやすいです。最初からこうすればよかったのね。ははは。

目の前に現れるものを粛々と受け止める

春から始まって、終わってしまったドラマにしみじみ思う。ドラマの題名は『コントが始まる』。観てない方、ごめんなさい。このドラマ、主人公や周りの人たちの言葉がずしりと重い。そのため、後々まで心に残るセリフが多かったドラマでした。

高校の同級生の3人が『マクベス』というお笑いコンビを結成するお話。これが全く売れない。10年売れない。もう28歳。お笑いを続けるか、解散して辞めるか。そう、夢が破れるところからこのドラマはスタートするんですよ。

『マクベス』を解散し辞めることは夢をあきらめるってことで、主人公は解散することを、とても大変なことだと思い込んでいるわけです。主人公は思い立つ。そうだ、10年間ずっと応援してくれた高校時代の恩師だったら、これからも頑張れと言ってくれるんじゃないだろうか。そうすればまた頑張ってもいいのではないだろうか。そして恩師に相談する主人公。解散した方がいいのか、続けてもいいのか。ところが恩師はこう言います。「解散した方がいいと思うぞ。18から28までの10年と、これからの10年は別次元の苦しみだぞ」と。

愛があるなあ、と思いましたね。
今までのこともこれからのことも否定しない。ただ現実だけを伝えてあげる。人生の先輩としてこんなアドバイスできるかしら。いやー、私だったらなにかしらの説教とかしてしまいそう。

主人公だけでなく、仲間や周りの人たちも人生の再出発が始まる。でもね、なんだかみんな淡々と次の人生を決めていくんです。苦しい時期もあったはずの人たちなのに、淡々と次へ行く。目の前に現れたもの受け入れて、少しずつでも前へ進む。そうだよね、みんなそうやって生きていくんだ。
あ、人生を自力でバッサバッサ切り開いて生きてきた方、ごめんなさい。
でも、きっと大多数の人たちは目の前のものを粛々と受け入れてたはず。
私もそう。

『ウエダキコー』のお仕事も、たまたま目の前に現れたもので、せっかく現れてくれたんだから一生懸命にやってみよう、と思っただけ。そんなこんなで月日が過ぎていくと、なぜか好きになる。私のお気に入りの機械はカールトップミキサーです。モルタルを練ってくれる便利な機械です。黄色くて丸くてかわいい。

ドラマの中で「会社のロゴがかわいいとか、社名がかっこいいとか、そんなささいなことで選んでもそんなに間違えてない気がするんです」というセリフがありました。
うん、そうだね。きっと間違ってないよ。さらに付け加えると、長く勤めているとロゴもかわいくなるし、社名もかっこよく感じるんだと思うよ。

久しぶりに若者のドラマを観て感じるものがありましたね。
ドラマの雰囲気も最初はちょっと苦手な感じだな、と思っていたけど、続けて観てたらどんどん引き込まれて観ていた。これからは苦手なものも少しずつ挑戦していこうかな。そうだなあ、ナイショにしていましたが数字とアルファベットの羅列が苦手です。品番が覚えられなくて困っちゃう。でも、これからは努力して覚えよう。うん。できる範囲でね、淡々と粛々と。少しずつ挑戦する心意気が大切だもんね。はい、ちょっとだけ頑張りまーす。

続けられるものは好きなもの

タジマのレーザー距離計

6月19日は語呂合わせで『朗読の日』だそうです。文章を声に出して読む。なかなかしないですよね。でも私、むかーし昔はよくやっておりました。娘が2人おりまして、長女は22歳になります。22年前、私は娘に、毎日のように絵本を読んで聞かせてたんです。などというと、「立派な母親だなあ」と感心されそうですが、違います。キッパリ言います、違います。

赤ちゃんって生まれたばかりってしゃべらない。「そんなの当たり前じゃないか」と思うでしょ。当時、私は仕事もしてないし、周りに友人もいなかったのでおうちに赤ちゃんの長女と2人きりでいることが多かったんですよ。長女は泣いて寝てるだけ。おしゃべりが大好きな私にとって誰かと話ができない状況はとても辛いものでした。夫が帰ってきて「おかえり」って言ってみてから「今日初めて声出したかも」って日もたくさんあったもんです。

これは苦しい。何か声を出したい。で、思いついたのが絵本の読み聞かせです。バブバブの長女を相手に絵本を読む。やっぱり最初は自分の思い出の絵本を読んだりして。『ぐりとぐら』や『はじめてのおつかい』など何度も何度も読みました。

すると、生後10ヶ月くらいで長女の声が出始めて、1歳半くらいになってバンバン話すようになったんです。こうなったら子育てが少し楽しくなってくる。だって、コミュニケーションがとれるじゃないですか。ま、大人と話すのとは違いますけど。それでも、「これ読んで」って頼まれると嬉しくてどんなに長い本でも読んだもんです。次女が生まれてからもずっと続いて、10年以上読んでいた。私は話すことが好きだったので苦にならなかったみたい。

『子どもがかわいい』と『子育てが楽しい』は似て非なるもの。
私だってわが子はかわいいですよ、そりゃあね。だけど、楽しいか、っていうとそれは違うと思うの。日常は忙しく、自分のことは後回し、なんだかひたすら疲れてる。気づくと楽しくない。うむ。原因は『しゃべってないから』だったのね。

私の場合はおしゃべりだったので『読み聞かせ』を選んだけど、運動好きならお外でお散歩もいいし、スポーツもいいね。音楽好きならピアノを弾いても、お歌歌ってもいい。静かな環境が好きだったらずっと静かにしててもいい。子育てを楽しめる環境なんて千差万別なんだから!

イラストはタジマのレーザー距離計。『欲しい機能を厳選』という大仰な言葉をキャッチフレーズにしてる割には、見た目も普通で地味な印象。しかし、タジマっていうメーカーはひと味違うんです。精度がめちゃめちゃ高いらしい。しかもどんな持ち方しても精度変わらないらしい。簡単に言いますけど、これって大変なことですよ!

おそらくタジマって、外から見ると「すごい!」っていう精度も、この程度は当たり前じゃんって取り組んでる気がする。コツコツと真面目に取り組むことがすんごく大変な人にはつらいけど、そちらの方向に努力することはイヤではない、むしろ好きって人もたくさんいそうですね。だからこんなにシンプルにサラッとした商品にできるんだろうなあ。

周りから見て大変だと思えることでもちょっと頑張れば続けられるものってのは自分に合ってるものなのかもしれないですね。周りからは「すごいね。毎日やってるの?」と驚かれた読み聞かせ。だけど、私にとっては絵本を毎日読み聞かせることは、それほど苦労をともなうものではなかったんですよね。これが毎日サッカーだったら絶対無理でした。本当はサッカーがやりたかったとしたらゴメンね。

先日、群馬を離れて一人暮らししている長女からメールが届きました。
「大学で『ごんぎつね』について勉強した」と。メールで私に授業で習ったいろんなことを教えてくれました。『ごんぎつね』も大好きでよく読んだなあ。ただ、長女の講義の内容がちょっとマニアックすぎて、そんなに理解できないのに「へえ〜」とわかったふりをしてしまったことは、長女にはナイショです。